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[LA SPORTIVA JAPAN スタッフ遠征記録]キルギス アラアルチャ溪谷未踏壁登攀[前編]

OUTLINE

LA SPORTIVAに関わる識者によるシューズブログ「FOR OUR MOUNTAIN」。
今回は、LA SPORTIVA JAPANスタッフ片野太一による遠征記録を前・後編2部構成にてお送りします。(前後編の前編)

※後編はこちらから >

はじめに

2024年8月にキルギスのアラアルチャ渓谷最奥地に位置する無名峰前衛峰3770m未踏の北東壁から2ルート初登攀した。

昨年夏の終わりに他愛のない会話から始まった計画。
丁度その頃R&S100号のクロニクルにキルギスの記録が掲載されていて、アラアルチャ山域には未開のエリアも存在するという。探検部時代の遠征でも訪れた事のある思い出の国だ。唯一見つかった海外Amazonで紙地図を購入する所から山を探り始める。
ネットの登攀記事をはじめGoogle earth等様々な情報を探り見つけ出したのが、今回登攀した3,881m峰前衛峰3770mだ。
荒涼したモレーンの中にピラミダルに突き出す様な山容。周りの4000m級の山々より低く、この山域の中で埋もれた存在になっていた様だ。現地の山岳協会に問い合わせても、登られた記録はないという。

見つけた山の画像に線を引いてどんな山か想像を巡らせる。ここからなら登れるか?支点は取れるのか?…
現実のものとする為に僕らはキルギスの首都ビシュケクへと向かった。

期間/メンバー

期間

2024年8月3日(土)~8月18日(日)

メンバー

L片野太一(日本用品)金坂靖晃(ぶなの会)、山田和宗(無所属)

入国~入山

中央アジアのキルギスは、天山山脈とアラトー山脈が国土の大半を占める山岳国家だ。
片野は探検部以来8年振りの再訪だ。埃を巻き上げながら空港から街へ向かう。道中に建築途中の骨組み剝き出しの建物や、トラックの荷台で山積みになったスイカが売られていて懐かしい光景が広がっている。

今回は地元のキルギス山岳協会(KYRGYZ ALPINE CLUB)には計画段階から大変お世話になった。山域に関する情報はもちろん、移動の車の手配や無線まで幅広く手厚いサービスを受けた。

首都のビシュケクはスーパーマーケットが至る所にある。香辛料とエナジードリンクの種類は桁違いに豊富。レジはクレジットのタッチ決済に対応していて、以前より発展している。登山用品店も2軒あり食材や燃料の買い出しには困らない。

ビシュケクから40km程南下した先にアラアルチャ溪谷の入口がある。ここまで車で1時間程だ。入口付近は観光客で賑わっている。さながらキルギスの上高地といったところ。目指すBCまでは16km先の溪谷の奥地だ。

3人とも40kgを超える荷物をダブルザックで歩荷。道中の景色は覚えていない。幾つかの支流を渡渉しながら進むが、腰まで浸かる所もあり侮れない。徐々に草木が消えて辺りは荒涼とした岩山に変わっていった。

2日目のBC入りを果たし翌日偵察。
北東面のスカイラインより北側は、見た目より傾斜が強く逆層。且つ取付き付近の岩の堆積物が、モレーンでなく剥離や落石と思われるものが多く、岩がアンサウンドでリスキーにみえた。南東面の軟傾斜はガレの墓場になっていて、ピクニック気分で降りたら岩雪崩必死だ。こちらも下降には適していなかった。

BCからも双眼鏡を覗き岩の様子を伺う。北東壁側は大きなバンドが2つ走っており、第一バンドから上は幾つかクラックが見受けられ表面も見たところすっきりしている。
第二バンドは純白で目立つスラブ(以後白壁スラブ)で構成されている。北壁より傾斜が緩むが幾つかラインは引けそうだ。そうして北東壁に狙いを定めた。

WRITTER

日本用品スポルティバジャパン・ディビジョン

片野 太一 Taichi katano

東京生まれのweek end山屋。
幼少の頃よりボーイスカウトで週末はキャンプ。登山を始めたのは自然の成り行きだった。大学探検部により本格的に山にのめりこむ。ノルウェーの大滝や洋上岩塔など興味の赴くままに登っている。

キルギス アラアルチャ溪谷未踏壁登攀[後編] >