ヌバックレザーをまとったTRANGOシリーズの最新形〈TRANGO TECH LEATHER GTX® 〉
RECOMMEND ITEM : TRANGO TECH LEATHER GTX®
MOUNTAIN
- はじめに
- トランゴシリーズ最新の登山靴 〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉
- アプローチシューズの足入れ感なのにソールは立派な登山靴
- もはや登山靴と言ってもよい〈TX 5 GTX®〉と〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉の違い
- ヌバックレザーをベースに成形された高耐久で足馴染みが良いGORE-TEX®内蔵アッパー
- テクニカルなルートを攻略するための『3D FLEX SYSTEM』
- 「硬すぎず・柔らかすぎず」トレイルを長時間歩き、岩にも乗れるソールフリクション
- おわりに
はじめに
今年も残すところあとわずかとなりました。皆さま、2020年はいかがでしたでしょうか。今年は生活様式が大きく変化し、日々の生活や仕事などにも大きく影響があったことかと思います。決してポジティブな状況ではありませんが、時が解決してくれそうにもありませんので、受容する部分は受容し明日を生きていくための準備を進めるしかありませんね。
私の活動拠点である福島県の安達太良山麓にある岳温泉は、紅葉の終わりとともに寒波が訪れ冬景色となりつつあります。東京では大雪が降ると電車が運休になったりと、ネガティブな情報がニュースで報道されますが、多くのスキーリゾートがあるこの山麓地域では、早く雪が積もって欲しいという積雪に対する期待も少なくありません。スキー場がいつオープンできるかにより、周辺の旅館や飲食店などの客入りにも少なからず影響が出るからです。
ちなみに【岳温泉】は「がくおんせん」ではなく「だけおんせん」と読みます。そして「岳温泉」は温泉地名称でありながら住所でもあります。私の会社の住所も「福島県二本松市岳温泉・・」で、名刺交換のご挨拶の時に「住所に“温泉”が入っているのですか!」とよく言われます。この岳温泉にLA SPORTIVAのシューズが買えるショップを現在プランニング中なので、それはまた追って詳細お知らせしていきます。
この地域で「これは何て読むの?」と言われるもう一つが、日本百名山のひとつ【安達太良山】です。この岳温泉から車で10分の距離なので、下山後に日帰り温泉を利用したり、登山前日に温泉旅館に前泊する方も多くいらっしゃいます。では何と読むのか・・正解は「あだたらやま」です。この地域の住民は当たり前のように読みますが、なかなかこれを「あだたらやま」とは読めないですよね。この機会に是非この読み方も覚えてください!
そしてテレビの番宣のようですが、最後に「安達太良山×LA SPORTIVA」企画のお知らせですがあります。来年(2021年)の3月にTEAM LA SPORTIVAの国際山岳ガイド、石坂博文さんによる「今年こそは本格的に冬山登山を初めてみよう(仮称)」を厳冬期の安達太良山で開催予定です。このFOR OUR MOUNTAINでも〈TRANGO TOWER GTX®〉をご紹介いただきましたが、冬山登山を初めるにあたっての道具の揃え方など含めてガイドいただきます。
詳細はスポルティバジャパンのWEBサイトやSNSなどでもお知らせしますので、ご興味のある方は是非チェックしてみてください。
石坂 博文(いしざか ひろふみ)
国際ガイド連盟認定 国際山岳ガイド
日本山岳ガイド協会認定 山岳ガイド スキーガイド
プロフェッショナルガイドとして夏はヨーロッパアルプスで登山やクライミングを、冬は国内を中心にスキー、アイスクライミングのガイドを行っている。海外でのガイドはヨーロッパを筆頭に南極、スピッツベルゲン、ウズベキスタン、キルギスタン、インドなど多方面におよぶ。
トランゴシリーズ最新の登山靴 〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉
さて、今回で第7回となるFOR OUR MOUNTAINでは、スポルティバのDNAを体現するトランゴシリーズの最高峰〈TRANGO TOWER GTX®〉に続き、マウンテンカテゴリーの新製品〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉をご紹介します。LA SPORTIVAの登山靴には3つのシリーズ:高所登山用の「ハイマウンテン(HIGH MOUNTAIN)」、冬靴を中心とした「ネパール(NEPAL)」、最も汎用的な登山靴を揃えた「トランゴ(TRANGO)」があり、〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉はトランゴシリーズに分類されます。
その中でも「トランゴ(TRANGO)」は、軽量なアルパインブーツがまだどのブランドからも登場していない時代に「動きやすい登山靴」という、新たな領域を切り開いたシリーズです。現在では多くのブランドが作るようになりましたが、ソールは岩稜にも対応できる硬い素材のまま、アッパーに柔らかく耐久性のある軽量素材を採用することにより足首のホールドと動きやすさを両立させた軽量登山靴のパイオニア的存在であったと言っても過言ではないでしょう。トランゴシリーズの特徴を端的に言えば「硬く安定したソール×(柔らかく軽いアッパー+可動域が広い足首周り)」と言えるかと思います。
今回ご紹介する〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉は、そのトランゴシリーズの最新作。ギアの軽量化が進む現代の登山スタイルにマッチした機能性と快適性を備えた1足と言えるシューズに仕上がっています。今回は、TEAM LA SPORTIVAの花谷泰広さんにもお話を伺い、このシューズの率直なインプレッションもいただいていますので、それも合わせてご紹介していきます。※画像2枚目:〈TRANGO TECH LEATHER GTX® WOMAN〉
花谷泰広(はなたに やすひろ)
1976年、兵庫県神戸市生まれ。幼少より六甲山に登り、登山に親しむ。
1996年信州大学在学中時に、ネパール・ヒマラヤのラトナチュリ峰(7035m)を初登頂して以来、足繁くヒマラヤ等の海外登山を実践。2012年のキャシャール峰(6770m)南ピラー初登攀し、その功績により 2013年に、第21回ピオレドール賞、第8回ピオレドールアジア賞を受賞。
2015年からは若手登山家養成プロジェクト「ヒマラヤキャンプ」を開始し、次世代の登山者たちとヒマラヤ未踏峰の登山を行う。また2017年より甲斐駒ヶ岳黒戸尾根の七丈小屋の運営を手がける。
八ヶ岳、南アルプス、奥秩父のふもと山梨県北杜市をベースに、「登山文化の継承と発展」と「北杜をアウトドアの街にする」ことが活動のテーマ。
各種イベントや講演会を通じて山の魅力を伝える活動にも力を入れている。
公益社団法人日本山岳ガイド協会認定山岳ガイドステージII。
山梨県北杜市ふるさと親善大使。
花谷さんはプロフィールにもあるように、優秀な登山家に贈られ「登山界のアカデミー賞」とも呼ばれるピオレドール賞を受賞されている登山家でもありますが、現在は自身の登山活動ではなく次世代の登山家を育てることに注力されているとのことです。その代表的なプロジェクトが2015年からはじめた「ヒマラヤキャンプ」で、花谷さんの元でトレーニングを積んだ登山家を目指す若手メンバーが最終的にヒマラヤの未踏峰を目指す取り組みです。
現在ヒマラヤキャンプメンバーは、新型コロナウイルス感染症の影響でヒマラヤを目指すことができない状況でありますが、いつかまた自由に海外渡航できる日が来ることを信じて国内でのトレーニング活動は続けているとのことです。そして、花谷さんはヒマラヤキャンプとは別に、登山学校のような山を教わる場づくりを目指し企画を練っているとのこと。対象は登山初心者というより、これからバリエーションルートを目指す人たち。穂高縦走まではやっているけど、ロープを使った登攀やクライミング技術などを身につけ、その1歩先に踏み出すためのサポートをしていくようです。
バリエーションルートを登山するような人は登山人口の中でもごく少数かもしれないけど、これからの「新しい日常」は必ず登山関連市場にも影響があり、登山文化や山小屋などを守っていくためにはボリュームゾーンだけを見ている訳にはいかないとのこと。甲斐駒ケ岳で七丈小屋の運営にも携わる花谷さんは、次の時代の波に乗るためには山小屋の経営スタイルを含め、登山者の方々も巻き込んで、これから仕組みを変えていかなければならないと言います。
また、これは山の上だけの問題ではなく、登山口がある山麓や地方の活性化も含めたビジョンも創っていかなければならないとのことで、現在は山梨県北杜市をベースにこれまでの経験を活かしたまちづくりにも注力して動きはじめているようです。生活のあり方や価値観が大きく変革しようとしている今、日本中そして世界中で新たなアクションの種が芽吹きはじめていますが、花谷さんのこれからの取り組みにも期待が高まります。
アプローチシューズの足入れ感なのにソールは立派な登山靴
さて、ここからは〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉についての話題に移っていきましょう。今回の花谷さんへの取材において〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉についての話に移った一言目は「トランゴシリーズの中で、今のところこのシューズが一番良い」ということでした。その心は・・ということで、なぜいま花谷さんがそう思うのか、取材で得られたコメントを元に以下に記していきます。
花谷さんの言葉をそのまま記せば、「アプローチシューズの足入れ感なのにソールは立派な登山靴」。縫い合わせ箇所を極力減らしたヌバックレザーのアッパーは試し履きの段階から足馴染みがよく、他のトランゴシリーズのシューズよりも、〈TX 5 GTX®〉などのアプローチシューズに近い足入れ感であるとのことです。※画像:〈TRANGO TECH LEATHER GTX® WOMAN〉
アッパーの柔らかさということだけ見れば、前シーズンに発売された〈TRANGO TECH GTX®〉も挙げられますが、〈TRANGO TECH GTX®〉は、岩場で立ち込むにはソールのフリクションが少し足りず、登山靴として考えると使用するフィールドを選ぶ必要があったのに対し、〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉はソールの剛性含めマイナーチェンジが図られたことで爪先のクライミングゾーンを使って点で立つこともでき、日本の夏山で言えば、劒岳以外はこの〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉が今のラインアップの中では最適なのではという印象であるとのことです。
ヨーロッパの山ではよく見られる標高の低いところから山頂まで岩稜が続くような長時間エッジングを必要とするルートでは、よりソールが硬くフリクション効果を活かせる〈TRANGO TOWER GTX®〉のようなシューズの方が断然有利。しかしながら日本の山は岩稜帯の多くは頂上付近だけの場合が多く、その区間以外の登山道を歩く時間が全体行程の大半を占めることが多いため、岩の上でも点で立つことができる必要十分なソールの硬さがあり、かつ足へのストレスが少なく“歩きやすい”という〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉が日本の登山フィールドにおいて高評価を得るのです。
また登山靴のアッパー、特に足首周りがここまで柔軟で歩きやすくなった理由の一つに、登山用品全体の進化があると言います。この5年くらいで、ウエアそしてギアに使われる素材と進化とともに軽量化が進み、小屋泊なら言うまでもなくテントを携行したとしても、夏山2泊程度の装備であれば足首をガッチリ固めて歩くような重量を背負わなくてよくなりました。歩きやすさを優先した方が結果的に疲労も軽減でき、安全登山の観点からも時代に即しているという考え方もあります。写真はこの夏に北アルプスを縦走されていた方ですが、今シーズンからシューズを〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉に変えたそうですが、以前に比べて断然歩きやすくなったとのことでした。
もはや登山靴と言ってもよい〈TX 5 GTX®〉と〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉の違い
花谷さんと会話していると、度々出て来るのが「日本国内では冬山以外は〈TX 5 GTX®〉と〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉があれば十分」というフレーズです。〈TX 5 GTX®〉というのは、以前のブログでご紹介しているアプローチシューズですが、実際のところアプローチシューズが進化しすぎて実用レベルで言っても登山靴の領域を既に侵食しはじめていると言います。
花谷さんが登山靴を販売する店員だとしたら、これから登山を初めるというお客さんには、間違いなく〈TX 5 GTX®〉を薦めるというほど。その理由は、日本の中・低山における岩場では爪先のクライミングゾーンを使って点で岩に立つ必要が少ないため、ソール全体を使って面で岩に乗るアプローチシューズで対応できる登山道が多く、加えて軽くて歩きやすいので、足が痛くなって「もう二度とこの靴で山には行きたくない!」となる心配がないからとのこと。
花谷さんが運営している七丈小屋に泊まり甲斐駒ケ岳の頂を目指す登山者の中でも、夏場であれば黒戸尾根を〈TX 5 GTX®〉で登ってくる方が実際に多くなっているようです。私もこの夏に北アルプスでの撮影が幾度かありましたが、山小屋や登山道ですれ違う方々の足元に注目していると「〈TX 5 GTX®〉を履いている人がけっこう多いな」という印象がありました。写真はそのときに撮らせていただいたものですが、このお二人も〈TX 5 GTX®〉を一度履いてしまうと抜け出せないとのことでした。
では、〈TX 5 GTX®〉と〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉を使用するシーンとしてどのように履き分けるかを伺ったところ、それは「単純に路面に雪があるかどうか」であるとのこと。〈TX 5 GTX®〉くらいソールが柔らかくなるとアイゼンの装着ができないので、そこがまず大きな分かれ道。アイゼンをしっかり固定するには〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉のソールでも実際のところ少し柔らかいのですが、正しく装着すれば問題なく歩行は可能です。
また、アイゼンを装着するほどの場面ではなかったとしても、〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉のソールの硬さがあればキックステップ(斜面に対して膝を支点に後ろへ振り上げ、つま先を雪面に蹴り込みながら登る歩行方法)に切り替えが可能なのに対し、〈TX 5 GTX®〉のソールではそれができないということになります。そうような観点から、標高が低く真冬でもそれほど深い積雪にならない山域であれば、〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉にアイゼンやチェーンスパイクなどを携行して雪山を体験してみることは可能です。
そうこうしているうちに、次は〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉では乗り越えられない「寒さ」という壁と対峙するときがくるはずです。そうなればNEPALシリーズや〈TRANGO TOWER EXTREME GTX®〉のような、アッパーに断熱材が入った保温力のあるシューズを導入することになり、次のステージの扉に手をかけることになります。
ヌバックレザーをベースに成形された高耐久で足馴染みが良いGORE-TEX®内蔵アッパー
花谷さんのお話は、これまでの経験値に基づきロジカルでとても分かりやすく説明していただけるので、今後開設される登山学校的プログラムにも期待が高まりますね。さて、ここからは〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉に搭載された機能を詳しく見ていきたいと思います。
まずはじめは、アッパーからです。〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉という商品名が示すように、何と言っても甲から踵にかけてつなぎ目なく使われたヌバックレザーに目が行きます。足の形に合わせ自然なカーブを描くように成形されていて、素材がもつ柔らかさと馴染みやすさを活かした作りになっています。この〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉が出る前シーズンに〈TRANGO TECH GTX®〉という原型となるモデルがリリースされていますが、履いた時に感じる足全体を包み込むようなフィーリングは〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉の方が格段に上であることが実際に足入れすると分かります。
また、トレイル上の岩などと接触する面をレザーにすることで〈TRANGO TECH GTX®〉に比べてアッパーの耐久性が向上しました。昨シーズン〈TRANGO TECH GTX®〉を履き続けて摩耗してきたアッパーの部分も、今シーズン〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉をそれ以上頻繁に、そして厳しい環境下で履きましたが、未だ摩耗によるダメージはどこにも見られません。さらにシューレースホールを固定するための赤い大きなステッチ以外、パーツ同士のつなぎ目に縫製のステッチが一切表れていないのも、アッパー表層の耐久性を高める要因になっています。
また、〈TRANGO TECH GTX®〉では圧着ラミネートにより補強していたアッパー部分(写真1枚目)も、〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉では摩耗性が高いレザーを使って全体を覆っています。また爪先部分のランドラバーの面積も増やし、踵部分にも同素材のラバーを使用するなど、摩耗する部分に対してより強い素材を当て込んで物理的に強度を高めました。それでいて片足あたり20g増に抑えているところも〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉が高評価されるポイントです。
アッパーの要素に関しては、高強度ウェビングテープを使用したレースホールにも触れておきましょう。パーツで言うと靴紐を通している黄色いループ状のパーツです。シューズの内側からこのレースホール部分を触ってみると分かりますが、非常にスムースで、足の甲への当たりも感じられません。ヌバックレザーの足馴染みの良さをディティールにまで拘って設計されていることが見て取れます。「高強度ウェビングテープ」を使用というだけあって、相当酷使していても目に見えるダメージは一切ありません。
レースホールに関しては、〈TRANGO TECH GTX®〉から変更されている大きなポイントがもう1点あります。それは、下から5番目が、レースホールではなく金属製のレースフック仕様になっていることです。これは〈TRANGO TOWER GTX®〉に採用されているものと同じ靴紐のテンションが掛かるとロックされるタイプで、靴紐を締め上げる際にも重宝する仕組みです。これも重量増そしてコスト増の要因となるパーツですが、惜しみなく使われているところがこのシューズの完成度を引き上げています。
マイクロファイバー素材を採用したタン部についても触れておきます。甲から足首にかけて足を抑え込むタン部の素材に、肌なじみのよいマイクロファイバーを使用。タン部の重なりを最小限にし、ボリューム感を抑えることで自然な柔らかさを実現しています。実際に触ってみると分かりますが、靴紐が当たる部分は厚みを持たせていて、保温性を高めるだけでなく、紐を締めた時に靴紐が甲に干渉しないようにするためのクッションの役割も担っています。また、履き口とタン部は一体化されているので、タンがズレたりすることなくスムーズな着脱をサポートし、同時に砂利や石の侵入を軽減するミニゲイターの役割も果たしています。
最後になりましたが、製品名にもあるようにライニングにはGORE-TEX® Performance Confortを採用。足首まで防水・透湿性がありますので、雨の中はもちろんのこと浅い渡渉や雪の中でも足首からの水の侵入を防げば、ソックスを濡らすことなく快適に1日を過ごすことができます。アッパーに穴が空けば内側のGORE-TEX®ライニングも損傷し、防水性能を失いますが、前述したようにアッパー表層の耐久強度が高くなったため、そう簡単にはこの牙城を崩すことはできないでしょう。
テクニカルなルートを攻略するための『3D FLEX SYSTEM』
アッパーの構成要素の話に加えて、スポルティバの登山靴を語る上ではハイカットブーツに共通して採用されているテクノロジー『3D FLEX SYSTEM(3Dフレックスシステム)』をご紹介しない訳にはいきません。これは重い荷物を背負った際に大きな負担がかかりやすい足首をきっちりホールドしながらも、登山において必要な足首の可動域をサポートしてくれるシステムであり、スポルティバの登山靴に対する設計思想でもあります。
アキレス腱と両くるぶしにある可動域の軸となるポイントを『マルチダイレクションヒンジ』と呼んでいます。そのポイントは、いずれもシューレースホールと繋がっていて、靴紐をしっかりと締め上げて足首とシューズのハイカット部分をフィットさせていることが、正しく機能を稼働させるための前提条件となります。山で登山者の足首周りを注視しているとハイカット部分の締め付けを嫌ってなのか足首より上の靴紐を割とルーズに結んでいる人を見かけますが、それがスポルティバのハイカットブーツであるならば、勿体無い時間を過ごしてしまっています。両足に搭載されているシステムを起動せずに歩いていることになるからです。
足首の可動域が確保されることにより、登り・下り・トラバース時において様々な地面の傾斜に対してのフラットフッティングがしやすくなるため、ソール全体が地面に接地しスリップしにくくなります。一般的な重登山用のレザーブーツと比べてソールの接地面が4~5倍に増えることにより、安全性を高めると共に長時間歩行時の疲労軽減にもつながります。
また、フラットフッティングがしやすいということは、アイゼンを着用しての歩行時にも、その効果を実感できます。アイゼンの爪全体を雪氷面に当てるフラットフッティングは、雪山や雪渓を安全に歩行する上でも重要な技術です。〈TRANGO TOWER GTX®〉は、足首の可動域の広さとソールのトーション(ねじれ剛性)の強さによりアイゼンの歯を雪壁に効かせやすく、雪上歩行におけるアドバンテージも高いデザインであると言えます。
LA SPORTIVAのハイカットブーツが長年に渡って支持されているのは、このような機能を追求して生まれた数々の機能美がシューズデザインに宿っていることもその一因でしょう。3D FLEX SYSTEMのような考え方は、今では様々なブランドのシューズにも適用されてきていますが、LA SPORTIVAが特許を取得したのが2002年。逆算すれば、1900年代から既に設計が始まっていたことになります。ちなみに写真に写っているのがトランゴシリーズのファーストモデル〈TRANGO S〉。ここから3D FLEX SYSTEMが動きはじめました。
「硬すぎず・柔らかすぎず」トレイルを長時間歩き、岩にも乗れるソールフリクション
では、続いてソールに関する話題に移ります。アウトソールは、ソールラバー材の最高峰ともいわれるブランド、Vibram®社の技術を用いています。スポルティバはさまざまな路面コンディションにおいて優れたグリップ力を発揮する独自の『Vibram® LA SPORTIVA CUBE』を開発し、この〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉にも採用しています。ちなみに以前のブログで紹介している〈TRANGO TOWER GTX®〉も同じソールパターン(写真2枚目)を採用しています。
ソールラバーの先端部分には「クライミングゾーン」を配置。爪先から母指球にかけての荷重ポイントを点で捉えることにより、ホールドが少ない岩やクサリ場などでの立ち込みをサポート。岩場を登攀する際のグリップ性と安定感を高めてくれます。
ラグ(アウトソールの凹凸)の形状と配列は、Vibram®社とスポルティバが共同開発した『IMPACT BRAKE SYSTEM(インパクトブレーキシステム)』と呼ばれるラグパターンを採用しています。ラグのパターンとラバーの粘性を利用して、下り坂でスピードをコントロールするブレーキ性能と、上り坂で確実に地面を捉えて蹴り出すトラクション性能、そして着地の際の衝撃吸収までも同時に行うという、まさに“システム”と呼べる仕組みが足裏でも稼働しています。
Vibram®社とのアウトソールの共同開発の成果は、登山靴に限らずLA SPORTIVAシューズのイノベーションの歴史にも寄り添って進化し続けてきました。トレイルには数えきれない地表のバリエーションがあり、さらに雨で濡れれば状況が変わり、雪で覆われ凍ることもあります。そのような変化に1枚のアウトソールが応えていくことは、永遠のテーマでもあると思いますが、またいつか新たなイノベーションを生み出して私たちを驚かせてくれる日を楽しみに待ちましょう。
それでは、ミッドソールについても詳しく見ていきましょう。〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉は、トレイルランニングシューズやアプローチシューズに比べ、重い荷物を背負っての長時間歩行や、岩場での登攀が想定されるため、それに応じた構造やクッション素材の弾力性、フリクション、そしてレイアウトを計算し、1つのソールとして成形されています。
〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉のソールを分解すると、このような構成になっています。
- (1)TPU(熱可塑性ポリウレタン)素材のアイゼン装着用のコバ
- (2)弾力性が低いPU(ポリウレタン)素材のミッドソール基盤
- (3)弾力性が高く軽量なEVA(エチレンビニールアセテート)素材のクッション
- (4)Vibram® LA SPORTIVA CUBEを採用したアウトソール
(1)の赤い樹脂パーツは、セミワンタッチアイゼンを取り付けるためのコバです。本格的な冬靴の多くには、このコバが爪先側にもついていて、ワンタッチアイゼンにも対応する構造になっていますが、〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉は踵部分にしかついていませんので、セミワンタッチタイプのみ装着が可能です。よく見るとコバの表面が凹凸状に成形されていて、アイゼン側のストッパーが噛みやすいように作られています。
(2)の黄色い部分はミッドソールの基盤となる役割を果たし、アッパーとアウトソールを繋ぎ留めています。その素材自体にも弾力性があり、足裏を守るクッションの役割と登攀のための程良い硬さ=反発力を生み出す役割を担っています。ある意味このミッドソールのフレックス度合いが、そのシューズの性格を決める部分もあります。
〈TRANGO TOWER GTX®〉を比べると〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉の方が明らかに柔らかさを感じます。岩稜を登るクライミングシーンにフォーカスすれば、スメアリングのための反発力と、細かい岩のスタンスに立ち込む際の硬さを両立させているという点で〈TRANGO TOWER GTX®〉に軍配が上がりますが、岩稜以外のトレイルを長時間歩くことに重点を置くとより柔軟性がある〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉の方が当然歩きやすいと感じるでしょう。
そのロジックで平坦な道を歩くということだけ考えれば、より柔軟性の高いアプローチシューズやトレイルランニングシューズの方が有利にはなりますが、登山道には大なり小なり凸凹からの突き上げもあり、それにより足首がこねくり回されればふくらはぎを含め足の疲労の要因にもなります。
また岩稜帯ではなくても石の上を歩いたり岩を乗り越えるシーンもあるため、部分的にクライミング的要素があることも考えておかなければいけません。日本の山には頂上直下だけ岩場があるような山もたくさんあり、そのようなパートでクライミングゾーンを使って点で立ち込むような可能性があるのであれば、〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉をメインシューズに据える選択肢は間違っていないと思います。
(3)のグレーの素材は衝撃を吸収するクッションの役割も担っています。〈TRANGO TOWER GTX®〉は土踏まずから踵にかけてこの素材が入っていますが、〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉は爪先から踵まで足裏全面を覆うようにレイアウトされています。これが〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉を履いていて感じるクッション性の高さを引き出しているポイントでもあります。そして(4)のVibram® LA SPORTIVA CUBEは本章の冒頭に記した通りです。
では、最後にLA SPORTIVAの4モデルのフリクションの違いを、同じ条件下(つま先から5cmの位置で、コンクリートブロックの角に全体重をかけて踏み込んでいます)で撮影した写真を使い見比べておきましょう。
以前のブログでもご紹介しているアプローチカテゴリーの〈TX 5 GTX®〉は、爪先だけで地面を捉えようとするとソール全体が円弧を描くようにグニャっと弓なりにたわみ、ふくらはぎの筋肉を使って体重を支えるイメージになります。足の筋力が強ければそれを脚力で反発させていくことができますが、そうでない場合には、このような状態が繰り返し続くと脚全体への負担も高くなります。
続いて、今回ご紹介している〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉です。母指球から爪先にかけては柔らかくたわみますが、母指球から踵にかけてソール全体に芯のある硬さを感じ〈TX 5 GTX®〉と比べても明らかに強い反発力を感じます。爪先の反り上がりだけを見ると〈TX 5 GTX®〉と大差が無いようにも見えますが、注目すべきは母指球から踵にかけてのラインです。
続いて〈TRANGO TOWER GTX®〉。見た目でも一目瞭然ですが〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉とは明らかにソール全体の硬さが異なります。母指球のあたりを支点としてジワーッとたわむ感じで、曲がるというイメージはありません。垂直方向への登攀の際に、踏み込むエネルギーを地面に伝えることができている感触があります。また、自らの体重を足裏から足首にかけて支えることができるので、〈TX 5 GTX®〉などのソールが柔らかい靴と比べ、ふくらはぎにかかる負荷も少なく感じます。
最後に〈NEPAL CUBE GTX®(写真は以前のモデルです)〉。感覚的には自分の体重をかけるだけではソールが一切たわみません。雪面へキックステップやアイゼンの前爪を使って蹴り込んだり、小さな足場での立ち込みには良いのですが、トゥスプリング(母指球から爪先にかけてのソールの反り)が無いに等しいということもあり、トレイルを長距離歩くという動作に関しては、〈TRANGO TECH LEATHER GTX®〉のほうが、アドバンテージが高いことになります。
おわりに
ここまで〈TRANGO TECH LEATHER GTX®(写真2枚目はWOMANモデル)〉の特徴を、購入時に迷われる可能性がある〈TX 5 GTX®〉や〈TRANGO TOWER GTX®〉などを引き合いに出し解説してきましたが、ご参考になりましたでしょうか。花谷さんも「劔以外、日本国内の夏山はこのシューズがあればよい」と言うように、汎用性の高い登山靴であることは間違いありません。初冬の浅雪や残雪期の雪渓通過などではキックステップにも切り替え可能なソールの硬さがあり、さらにアイゼンやチェーンスパイクを併用すれば、フィールドによっては夏山以外でも1年を通じて履ける1足だと思います。
足型に関しては爪先に向かって絞られた形状にもなっておらず、スポルティバのシューズの中でもゆとりのある設定で作られています。甲から両側面にかけてはヌバックレザーを立体成形した足馴染みの良いアッパーで構成されているので、お店で試し履きした瞬間から「これはいいね」と感じていただけるかと思います。足幅が広くなかなかフィットするものが見つからないという方にも是非一度試してもらいたい登山靴です。
[ 次回予告 ]
次回のFOR YOUR MOUNTAINは、トレイルランニングカテゴリーから、スノートレイルでも快適なランンニングが可能な〈URAGANO GTX®〉をご紹介いたします。特徴は何と言っても踵からシームレスに立ち上がったシールドゲイター。くるぶしの上までピッタリと覆われているので、雪だけでなく小石や泥などの侵入も防いでくれます。ライニングにはGORE-TEX®が使用され、通常のランニングシューズと比べて防水性や防風性も高いので、これからのウィンターシーズンのトレイルランニングにオススメの1足です。